ANNE BOLEYN Museum of Art

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「春の影」 水彩・紙 33.4×24.2cm

平井 勝正 Hirai Katsumasa

現代日本美術会会員

1954 東京生まれ
     カジ・ギャスディンに水彩画を学ぶ
2000 第1回JOIN展参加(青山リビーナ)
     第2回JOIN展参加(青山リビーナ)
2002 第1回水の会展参加 K'sギャラリー 東京・銀座
     個展 ギャラリー銀座汲美 東京・銀座
    「音楽からの贈り物展II」出品 ギャラリー銀座汲美 東京・銀座
     第3回JOIN展参加 ル・デコ 東京・渋谷
2003 個展 GalleryBar Kajima 東京・銀座
     第2回水の会展参加 K'sギャラリー 東京・銀座
     「アーティスト達と汲美 -40 artists meet at Kyubi-展」出品(京橋ギャラリー汲美)
     第4回JOIN展参加(青山 リビーナ)
2004 個展 ギャラリー・ゴトウ 東京・銀座
     「音楽からの贈り物展/CD篇」出品(日本橋 ギャラリー汲美)
2005 第3回水の会展参加 K'sギャラリー 東京・銀座
     「Bohemian(平井勝正&松井隆義2人展)/ポルトリブレ プレオープン展」 東京・新宿
     「美術作家12人展」 ポルトリブレ 東京・新宿
     「平井勝正作品展1999〜2004」 ポルトリブレ 東京・新宿
     個展 K'sギャラリー 東京・銀座
2006 第4回水の会展参加 K'sギャラリー 東京・銀座
     「はるのみなと」展参加 K'sギャラリー 東京・銀座
     「ポルトリブレ開廊1周年記念/池田、松井、平井3人展」 ポルトリブレ 東京・新宿
     「平井勝正作品展1999〜2006」 ポルトリブレ 東京・新宿
2007 現代日本美術会奨励賞
2008 現代日本美術会会員推挙特別賞



平井勝正の水彩画は、落ち着いた色調による抽象の画面構成である。こうした抽象的な構成は、一般に音楽的な連想と相性がいいのが普通である。「どんな音楽をバックに流しながら眺めようか」などと考えたくなるものが多いものだ。しかし不思議と平井の水彩画からは音楽が聞こえてこない。

しーんと静まり返った

夜の教会でこの作品を眺めていたら、ふと外で森々と降り積もる雪の気配が感じられてきた、といった連想の方が似合うのだ。人間の五感を鋭敏に研ぎ澄まさずにはおかない作品と言うのは、こういうものなのだろう。
教会の広い空間に立って耳を澄ませていたら、ずっと奥にある神父の居室から幽かにチェンバロの音が漏れてくる・・これくらいの幽かな音楽というのが似合うのかもしれない。
画面にあるのは、鋭く攻撃的な直線では決してなく、むしろ境界がぼかされた柔らかいフォルムの集合である。にもかかわらず、その内省的な静謐さ、粛然とした高潔な宗教的気分に襟を正したくなる。

柔らかく温もりのある線によって

厳しさ・鋭さを、四角いフォルムで円満で寛容な懐深い精神性を、むしろ単純に見える塗り重ねによって膨大なフォルムの氾濫の気配を表出しようとしている。弁証法そのもののような表現への挑戦が、見るものにこの粛然たる緊張をもたらすのだろう。

こうした心地よい緊張感というのは、

神秘主義思想家のルドルフ・シュタイナーが講義で残した図像表現、あるいはヘルマン・ヘッセが残した絵画群のように、哲学者の深い思索がそのまま絵画表現として結実しているかのような作品を前にして覚えるものと似ている。
私は平井の作品の前に立ち、ヘッセの『シッダールタ』のような

深い精神性を思わずにはいられない。

仏陀のもう一つの物語を描いたこの作品は、真理は教説によっては伝えられず、自ら体得するしかないと確信したシッダールタが世尊や朋友と袂をわかって遊女と共に暮らし始め、市井の人々の哀切なる「生」の営みを嘗め尽くし、最後に悠久に流れつづける川の渡し守となって世尊と同じ「悟れる人」の目を持つに至るという物語である。

興味深いのは、渡し守となったシッダールタが解脱に至った聖者のような境地を得たのに、自分の落とし胤と出会って愚かな父、凡夫にまた戻るのを演じることだ。十牛図の如く、悟りの極地は無邪気な凡人と区別がつきにくいのである。

平井の水彩画の魅力は、

粛然とさせる静謐さと厳しさ、宗教性を内包していながら、それは決して修道院だけで一生を過ごしてきた篤学な高位聖職者の高貴さのようなものではなく、ヘッセの描くシッダールタのように深い洞察と経験に支えられた豊穣さ、優しさと厳しさに立ったものである点にあるのだろう。

四角いフォルムの奥から次々と

柔らかなイメージが湧いてきて、しかもそれが甘い感傷や狭隘な生硬さとは隔絶した、ほどほどの温もりと森閑とした厳粛さを湛えたものであることに、釈迦牟迩佛の半眼の視線と交錯した一瞬を感じて心打たれる。



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