ANNE BOLEYN Museum of Art

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「夏衣」 麻紙・岩絵具・箔 S50号

木村 みな Kimura Mina

2000 女子美術大学日本画専攻卒業
2001 春季創画展('04)
2002 女子美術大学大学院日本画修了
     秋季創画展('03 '04)
2003 二人展 アートスペース羅針盤 (東京・京橋)
2004 二人展 アートスペース羅針盤 (東京・京橋)



木村みなの作品は抽象の画面構成の中にさまざまな場面、風景が織り込まれているものが多いのだが、その一枚に、ハンガーにかかったブラウスが数着、さまざまな風景とともに地の奥から

浮かび上がってくるような作品がある。

この作品を眺めていて、ふと寺山修司が昭和の短歌作品を取り上げて評論していた一節を思い出した。うろ覚えなのだが「銀色のごとき光に海見えてレインコートを着る部屋の中」というのがそれである。これはレインコートを着る季節になって、タンスの奥から出してきて、そのちょっとナフタリン臭いのを着て鏡の前に立つ。

鏡の中の自分の背後には

去年、そのコートを着て行った海辺の景色が甦ってきて、終わった恋の思い出に浸って立ちつくしてしまう・・・そんなストーリーを抱えた作品である。この短歌の三十一文字には1年間の時間の経過が織り込まれていて、広い空間が押し込まれているのだが、私は木村みなの作品の前で、このナフタリンのかすかな匂いを嗅いだのだ。
浮かび上がるブラウスのフォルムは、女性らしい細部へのこだわりを見せて実に精緻なものなのだが、

何よりも驚かされたのは、

一番奥から浮かび上がってきた暗い群青色のブラウスが、顔料として画面の上に乗ってあるか、なきかというほど仄かな色合いであるのに、なんとも鮮烈に美しく自己主張してくることだった。

この情念の強さはどうしたことか。

わたしが随分、昔に読んだ短歌を思い出し、かすかなナフタリンの匂いを嗅いでしまったのも、そんなところにあるのだろう。自分が着た服のイメージがキーとなって場面・情景が甦り、その情景のイメージが膨らんで画面の奥からどんどん溢れ出でてくる。一番下にある仄かな群青が鮮烈なのは、見るものの想像の中で鮮度を取り戻すからなのだろう。
木村みなの作品は、技法や画面構成の新しさを求める者を驚かせないかもしれない。でもマスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲のような、

清冽で甘美な感傷に満ちた

青春の叙情性をわれわれに提示してみせる。こうした美しさというのは、現代においても、やむことなく人の心をとらえてはなさない。
劇場の座席に身をゆだねて、オペラの幕間の賛嘆とざわめき、期待の入り混じったひと時を味わった気がした。



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