ANNE BOLEYN Museum of Art

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「冬から春へ」 岩絵具・麻紙・墨 F150

佐久間 香子 Sakuma Kyoko

2000 多摩美術大学日本画科卒業
2001 第19回 上野の森美術館大賞展入選
     第51回 もーぶ展 参加 以後毎年
     夏・銀座4.101展 参加
     響展 参加
2002 芳凪-日本画2人展(ギャラリー瀧山)
2003 木村みな・佐久間香子二人展(アートスペース羅針盤)
     星抄展(ギャラリー O-TWO)
2004 百葉展(ギャラリーミロ)



佐久間香子の「冬から春へ」という作品は、ほんの一株、二株の冬枯れの草から春の若葉が芽吹いてくるのを描いている。近くで見ると日本画らしく単純化した明確な線によって構成されているが、少し離れて見ればスーパーリアリズム的に精密に描写されているという表現を試みていて、それが一層、シュールな過剰さと豊かな空想世界と詩情を産み出している。

私はこの一株の枯れ草に森を見出し、

地面の苔のような地衣類に尾瀬沼から桧枝岐へと沼田街道の山道を一人たどるような旅を想った。

イギリスの詩人、バイロンの詩劇「マンフレッド」で、「英雄マンフレッドが恐れを感ずることは人間的なことである。その恐れを何物にも感じないようでは自分が人間性を喪失してしまったということであり、自分はそのことに対して呪いを覚える」と述懐する思考の屈折を見せた場面があった。佐久間香子も、対象を原寸大以上にリアルに描こうとして、大きな空間を旅するような世界を描き出してしまって戸惑っているようだ。

対象を小さく限定して愛情を持って

自然を精密に再現しようとすればするほど、F150の大きな画面からあふれんほどに充実した大きな世界が広がってくる。おそらく実寸で20Cm四方にも満たないであろう、この一株の枯草がF150の画面でも足りないと、こちら側にはみ出してくる。しかし、それで正しいのだ。

かつて歌人、若山牧水は、出版社から原稿料の前借をして城ヶ島吟行に出かけ、ちっとも外は歩き回らず芸者をあげてドンチャン騒ぎに興じて過ごしたという。
彼の吟行は、精神の縮尺の大きさで遠い旅をして達成されたのだと思う。おそらくは芸者の膝枕か何かで、ちょっとだけ開けた窓から覗いた空を眺めながら、彼の精神は天空高く舞い上がり、三浦の海と空とを見渡し、房総の山塊を眼下に見下ろしさえしたのだと思う。
なぁに、日本文学研究者じゃないのだ、あの絶唱、「白鳥はかなしからずや空のあお海のあおにも染まず漂う」はこんな風に生まれたじゃないかと私は勝手に思っている。

詩人の精神は、実際に旅をしなくても、

雨上がりの狭庭の小さな水たまりにも湿原や湖沼の続く数十キロに及ぶ無人の荒野を想えるのだ。
そして佐久間香子のこの一枚は、同じようにはるかな旅へと導いてくれる。カール・ブッセの「山のあなたの空遠く幸い住むと人の云う・・・」という詩句が人口に膾炙した時代のロマンティシズムがここに充満している。過度の写実精神が醸し出すシュールレアリズムの濃厚な気配とともに、絶妙なバランスを保った形で・・・。



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