ANNE BOLEYN Museum of Art

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「花火」 絹・岩絵具・銀箔 SMサイズ

中島 芳奈子 Nakajima Kanako

1999 東京芸術大学日本画専攻卒業
     卒業制作「枯れた時間」取手市長賞
     卒業制作「自画像」東京芸術大学買い上げ
2001 東京芸術大学大学院日本画修士課程修了
     修了制作「蜩の鳴く頃」東京芸術大学買い上げ
2002 鎌倉美術展 神奈川県教育委員会賞
2003 個展「レスポワール」展 スルガ台画廊 銀座・東京
2004 川端龍子大賞展 龍子大賞
2005 現代日本美術会奨励賞及び会員推挙賞
2006 現代日本美術会審査員推挙賞



中島芳奈子の「花火」という作品は、小品ながら

独自の不思議な世界を持っている。

「花火」という、パッと一瞬、煌めく閃光の美しさ、その美しさが次から次へと瞬時に消えていくはかなさ、寂しさを、通常の写真のようにとらえようとはしない。目で見る花火の閃光の残像を写し取るのではない。
むしろ超高速度カメラによってとらえられた光の明滅の変化を、恐ろしく息の長いプロセスとして、スローモーションとして、写し取ろうとするかのような世界なのである。
私は、岩絵具と銀箔からなるこの画面を眺めながら、彼女が試みようとするこの方法に思い至ったとき、

肌に粟立つような慄然とした

思いに駆られた。つまりこういうことだ。彼女が画面に貼り付けた純度の高い銀箔は、非常に繊細な素材だから、人の息、湿度などの環境の変化によって、徐々に酸化して渋く落ち着いた色合いに変化していくことだろう。
それはきわめて緩慢なプロセスかもしれないが、超高速度カメラが一瞬を長い時間のプロセスとして描き出すような「花火」を表現する一つの方法なのだ。

詩人のゴーティエが

「美しい形は美しい考えだ」と述べたように、花火の一瞬の美しい形、色彩の爆発は、美しい詩句、アフォリズムによってこそ表現されうる。
超高速度、超高感度の目を持った彼女は、「瞬間よ、止まれ、お前は美しい」と叫んでシャッターを押してしまい、メフィストフェレスの罠に落ちるファウストを演じたりはしないのだ。

むしろ心に思い浮かんだ美しい考えを、

美しい形として構成し、貼り付けた銀箔が酸化して徐々に渋い色合いに落ち着き地のマチエールと溶け合っていくように、ゆっくり精神に吸収して自己を高めていくように思えてしまう。
私たちは、ショックなことがあったとき、素晴らしいアイデアがひらめいたときに、自分の頭の中で閃光が走ることがあるが、中島芳奈子は、あたかもこういう自分の内部に走る閃光を描こうとしているようにさえ思えるのだ。

行間に一分の破綻もない、

緻密な哲学的思考の結晶を見たような気がする。ショパンの24の前奏曲のハ短調のように凝縮に凝縮を重ねた詩的なアフォリズムなのである。



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