ANNE BOLEYN Museum of Art

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「龍華待暁」 テンペラ・油彩 F20

上野由紀子 Ueno Yukiko

現代日本美術会会員

1988 金沢大学卒業
1999 早見芸術学園テンペラ工房研究科終了
2000 個展 ギャラリー・ニケ
2001 個展 ぎゃらりぃ朋
2003 個展 ぎゃらりぃ朋
2004 現代日本美術会奨励賞及び会員推挙賞



上野由紀子の作品は、苦学して絵画制作に取り組んだかつての画学生とか、イコン制作に献身する画僧を想わせるような、

真摯かつ丹念に描き込まれた

好感の持てるテンペラ画である。

作品は、イコンのような、宗教や神話を題材にした人物像と心象風景とも思える風景画との二種類があって、この作家の精神世界への傾倒を感じさせる。

荒涼とした岩山が果てしなく続く、時の止まった異界の風景。広大な世界が確かな筆さばきで描かれている。不思議に心の平安や幸福感も感じないが、孤独感や寂寥感といった否定的な気分もない。異界ではあるが、異常な狂気の世界ではない。

静謐さと厳粛さと、

なぜか生への意欲とエネルギーが感じられる、言ってみれば、時間の止まった夢の世界、心のどこかに実在している原初的な世界の絵なのである。具象の絵ではあるが、その精神性は、シュールな気配なのである。

面白いのは、色白の、ちょっと体温の低い感じのする表現など、実に真に迫って肉感的であるのに、描かれる表情は硬くこわばり、人間よりやはり仏や神、いや動き出しそうな仏像に見える点だ。この妙に肉感的な部分を持ちながら、超越的な存在に見える人物像が、

身体の露出部分がほとんどない

にもかかわらず、濃厚にエロティシズムを感じさせるのである。

仏像がエロティックというのは、これはなぜだろう。

かつて三島由紀夫は聖セバスチャンの殉教の絵に性的興奮を覚えたというが、聖なるものを前にして羞恥心とタブー侵犯とが重なる時、エロティシズムが発生するということだ。イコンや仏画を定められた約束事通りに描くのではなく、リアルな具象絵画として描き出そうとする時、

とんでもなくシュールでエロティックな

気配をたたえたものになるのだろう。上野が、抑圧的と思えるほど禁欲的で丹念な筆致によって、風景画で描いた超越的な精神世界の要素を人物の画面に盛り込めば盛り込むほど、絵筆を持ったまま、時間が止まった永遠の世界で陶酔している作者自身の姿が伝わってくる。

この筆致、この画面の雰囲気で普通の裸婦像を描いたらどうなるだろう。きっと宇宙の神話がどうした、などと語りたくなるにちがいない。



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