ANNE BOLEYN Museum of Art

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「麦−Baku−28」 F 6号

三友美知恵 Mitomo Michie

1966 埼玉県生まれ
1989 多摩美術大学 絵画科 日本画専攻 卒業
    桜図制作(伊豆栄:上野)
1990 多摩美術大学 研究生 修了
1993 個展 フタバ画廊 銀座
1996 個展 ワコール銀座アートスペース
1997 個展 ギャラリートーニチ 新宿
1998 地球環境保護支援チャリティー 現代アート300ビッグフェア
2000 個展 江寿画廊 京都
2002 個展 ぎゃらりぃ朋 銀座



三友美知恵の収穫直前の熟した麦の穂の一群を描いた作品群は、初夏の陽射しと麦を揺らす風の動きが豊かに鮮烈に表現されている。いかにも紫外線が多そうな光と動きゆく空気のかたまりが、

たしかに存在を網膜に訴えかけてくる。

「麦−Baku−28」という作品は、同じく麦秋の麦の穂を描きつつも、もう一つ奥行きを見せていた。一見、平面的な構図は、江戸時代の、時を経てはじめて実現されるような落ち着いた色調の金梨地の蒔絵の工芸品を想わせる。金泥など用いていないのにである。ところが、その繊細で豪華な画面の前に立つと、麦の穂が奥から奥から現れてくる。麦の穂を描き上げ、その上に薄い和紙を張ってさらにその上に麦の穂を描く。
この作業を経ることによって、地の和紙の模様と渾然一体となって、奥から奥から麦の穂が浮かび上がってくるのだ。奥に麦の穂が見えてくると、今度は空間がさらに奥、左右へと広がってくる。

平面的な構図という最初の誤解が、

どんどん浮かび上がってくる麦の穂のイメージと交錯して、眩暈を感じる。水槽の中の水草の揺らぎを見るかのように、妙に遠近感の混乱があって眩暈がする。そこにフワリと風が通り過ぎるのだ。この絵の風は、前述の作品群より柔らかく、時間帯もずっと夕暮れに近い。いや夜かもしれない。
このような作品は、見る環境をきわめて繊細に選ぶものだ。谷崎潤一郎が「陰影礼賛」で強調したように、

直接の太陽光を避けた

薄暗い室内空間でこそ、その真価を発揮する作品なのだろう。
三友の作品は、手に入れて夜、一人だけで眺めてみたい所有欲というか、支配欲を沸き起こさせる何かがある。想像してみよう。少し広い室内、それも古い日本建築の屋敷で、夜、ロウソクの光の下で眺める。

すると絢爛たる光の向こうには、

限られた者だけに垣間見せてくれる奥深い闇が見えてくる。その闇の向こうは、怪しく誘い込むような誘惑を見せながら、なにかしら深遠な真実を秘めている…。
私は、向こうに何か深い闇を感じて戦慄する。ここには、月光の下の麦野原を空しく吹き渡る風の寂寥感がある。そうした心象風景の中に、谷崎の「乱菊物語」のような淫靡な幻想物語まで空想してしまったのはなぜなのだろう。夜を感じさせて、しかもまったく音のないまま揺れ動く麦の穂の重なり。

この無音の蠢きの迫力が、

われわれを幻想に誘うのではあるまいか。



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