ANNE BOLEYN Museum of Art
「忘れ星」 雲肌麻紙・岩絵の具 F3号高崎昇平 Takasaki Shohei
1968 東京生まれ
1995 東京芸術大学日本画科修士課程修了
個展 ギャラリー毛利 銀座
1996 三渓日本画賞展 優秀賞受賞
1997 個展 ギャラリー毛利 銀座
TRENTENNE展 オンワードギャラリー 日本橋
1998 花と緑-自然を描く展 佐藤美術館 新宿
1999 現代絵画黎明展 東急本店 渋谷
2000 天の会 森田画廊 銀座
絵画の森 神戸阪急
信州高遠の四季 大賞受賞
2001 歴風華展 粟津画廊
眼前のリアリティーを頑強なものと観て、そこに非日常性と
いうほころびを生じさせるという「現代アート」が数十年やり続けてきた方法は、もはや有効性を失って久しい。現代の日本社会では、現実に起こる出来事の方が非日常的であったりするし、怒り・妬み・憎悪・悪意・不安といった、人間の心の闇ならうんざりするほど語り尽くされてきた。
むしろ「幻想的な風景」
というものは、清浄、明澄、真摯、禁欲、静寂、聖なるもの、確信、平安、慈愛といった「近代」以前の信仰に確信を持てた世界の、超越せるものへの畏敬の念、神的なものへの感応…という形でしか可能ではなくなったのかもしれない。こんなことを考えさせるのは、高崎昇平の風景画だ。
高崎の荒涼とした静寂な世界は、ストレートにこの世ならざる世界を連想させる。実際に、調布あたりから多摩川をはさんで東京方面を眺めればこんな眺望があるのかも知れないが、でも「調布」あたりというイメージを思い浮かべること自体、上林暁という今では忘れられた作家の、昭和二十年代の武蔵野散歩の随筆を記憶の中でたどっているからだろう。上林暁の随筆は、社会思想社の文庫だったか、昭和三十年代始めまでの古い風景写真が挿入されているものだった。上林暁の武蔵野散歩は、戦後の混乱期、物質的にも精神的にも頽廃と欠乏をかかえて、破滅型の文学者、不倫、妻の発狂、苦渋に満ちた「実存」の探求
といった神話化された世界を背景としていた。国木田独歩以来の「武蔵野逍遥」という、自然の中で自己の内面を省察した随筆であって、昭和五十年代には、もはやその名残さえも見当たらないような、「ユートピア」探訪記になっている。実際、僕は学生のころ、こうした本や安藤広重の江戸百景と現代の(?)東京を対比した宮尾しげをの本だったか、保育社文庫にあった『東京昔と今』などをもってあちこちを空しく歩きまわったものだ。
現代では、このようにコンピュータに向って文章を打ち込んでいても、「省察」という言葉がなかなか転換できず、「笑殺」とか「焼殺」となってしまうのだから、いかに遠い世界であるかがわかろうというもの。しかし高崎の心象風景は、何かしらこうした屈折した過去世界への憧憬を含んでいる。彼の「何処にもない場所」の
心象風景が、理想郷としての“ユートピア”ではなく、あたかも彼岸からこちらの世界を見ているような印象を与えるのは、きっと彼の持っている視点のせいだろう。
遠景に明るい都会の夜が幻そのままに
見えている。「この世がそんなによいものだと肯定できるのか?」という問いかけを含むような寂寥感漂う景色になっているが、さりとて、すでに彼岸に渡ってしまった「こちら側」の世界が素晴らしく、肯定できるようなものにも描かれていない。この世への未練も残ってはいないが、あちらの世界に期待も信頼も置いていない。「チベット死者の書」のような本があれば飛びつく人もいるんだろうが、高崎は、上林暁や国木田独歩の古い本がどこかにないか探すような人なのだろう。この絵を見ていると、京王線に乗って多摩川の中流方面に出かけてみようかという気持になる。存在していない伝説の風景を求めて。
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