オタク絵には常に正解がある

君にも経験があるだろう。

スゴクいい絵を描くと思っていた作家が、ある日どうもピンとこなくなる。もしくは明確に悪くなっていく。
手をぬいてるように思えるし、デフォルメがキツくなりすぎたようにも思える。または、なんだかよくわからないが、ダメになった気がする。
これが面白いことに、たいていそう感じるのは君だけじゃない。君の隣の友達も、その友達の友達も。いや、多くのオタクが遅かれ早かれそう思うようになる。同時代的に、同調シンクロするように。

かたや、無名の新人が、メディアに載ったとたん爆発的な人気を獲得することもある。コミケとかで、新参の聞いたこともないサークルに長蛇の列が出来て、パニックになるという例のアレだ。

なぜこんなことがおこるのかと云えば答えは簡単で、オタクが求める絵には、常に正解があるからだ。
その正解に一番近い作家はブレイクし、遠ざかった作家は消えていく。
客の興味は移り気で、今日の正解は明日の正解ではありえない。どんなウマい絵であろうとも、どんなにカワいくキュートな絵であろうとも、人はそのうちに飽きる。絶対に飽きてしまう。
そしてまた作者も人間である以上、同じ絵をずっと描き続けるなんて、できはしない。よかれと思って変化し、変化したが故に消えていく……。

作者と読者の蜜月は本当に短いのだ。

僕の叔父さんは名のしれた画家で、一枚が何百万もする絵を描いてけっこう優雅に暮らしている。
僕がまだ美大系の予備校生だった時、彼は僕にこんな話をした。
「漫画は描くに値しない絵なのだ」と。

「漫画の作家はどんなに身を削って仕事をしても。十年はもたない。しかも、作品が後年振り返られることもない。画家は一度絵が認められれば一生食えるし、作品も残る。」
どちらが上かなど、比べるまでもないというわけだ。

漫画が芸術か否かの問題はここではおいて、現状だけみればたしかにそのとおりである。漫画の方は最近復刻が常識化し、彼の認識もズレてはきていると思う。しかし多くの漫画家や、いわゆる雑誌の埋め草たるオタク絵描きは、描いては消える存在なのだ(画集と名のつくものが、一部を除いて雀の涙ほども売れないのを貴方も知っていることだろう)。

オタクには求めるものに正解がある。そして、それは常に移り変わり、しかも年々メディアの拡大と共に加速していく。その加速は弱まることなどなく、流れについていくのは過酷で、非情で、そして命がけだ。

でも、僕は十年後よりも今を選んだ。
疾走する、今を。

今、僕は絵を描いて食べている。でも五年後はわからない。僕の絵は確実に古くなるし、世の中は変っていく。
僕らの絵の受け手は確かに移り気で、飽きっぽい。十年後には僕を含め今描いてる人間の殆どが消えるだろう。

だが僕は、その時代の緊張感なくしては、絵なんて描いていられない。それにさらされていないと、生きている実感なんて味わえない。それが情報溢れる時代に生まれた、オタク絵描きのどうしようもないさがなのだ。

そしてそれは、けして僕だけの話じゃない。
今現在、多くの作家がそうやって切磋琢磨し、日々新しい技術を磨き、感性を研ぎすまし、今この時間にも机に向かっている。
それは決して非オタク業界の人が考えるような、ぬるま湯のなあなあの世界などではない。描いてきたものこそを商売にしなければならない過酷な業界。芸術なんて高尚なものではなく、もっとチンケで、みみっちい、だからこそ非情で命がけの世界。
そして僕は、彼らと共有しているこの時間、非情な市場の存在(つまり貴方だ)が、好きでたまらないのだ。

だから、僕は今日もペンを握る。生き残る為に絵を描き続ける。売れる正解を横目で見ながら、自分の信じる絵を、自分の信じるように。
さて、そんな僕の絵は、君の目にはどう映るだろうか?

PROFILE

希有馬けうま

自己を客観的に見られるのなら、もう少し幸せになれるといつも思う。だけど、僕には常に目は二つ、脳はいつも一つだ。

(2005/02/02)

この文書は、初出メディア、初出年月日不明の (少なくとも2000年1月以前と思われる) 文書を著者に無断で転載したものです。全文が正確に転載できているのかさえ不明。苦情そのほかは、無断転載者ありみかさとみマデドウゾ。

追記 (2005/02/14)

ARTIFACT@ハテナ系2005/02/13 の記事 より引用:

読んだことあるなーと思ったら、希有馬(奇有馬ではないはず)氏のカラフル萬福星(ビブロス刊)に掲載されたコラムだった気が。さすがに何号かはちょっと憶えてないんだけど。

不勉強にて、希有馬氏の名前を知りませんでした。どうりで何百回ググっても出てこないわけだ。

さらに同所同日のコメント欄 より引用:

Nakada Hiroshi 『調べてみたら、「オタク絵には常に正解がある。」はカラフル萬福星1999年Vol.08の掲載でした。「おたくのお」の4回目。もう5年も経つのか…』 (2005/02/13 13:29)

情報ありがとうございます。長年わからなかった正確な初出や筆者名をようやく知ることができました。